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Topic 67. 頭痛と区別しにくい眼痛


頭痛と区別しにくい眼痛、「失明の危機」を回避した51歳男性の判断

突然の眼痛と頭痛
失明の危機もあるので要注意
(うっ、痛い。なんだこの痛み)

 夕食後、パソコンに向かって作業していたセイジさん(仮名・51歳)は額を抑え、低くうめいた。突然左目の奥に痛みが走り、激しい頭痛に襲われたのだ。一瞬、視界に虹のような光の輪が見えたような気もした。

(どうしよう、目を使いすぎたのかな。頼む、治まってくれ)

 祈るような気持ちで疲れ目用の目薬を差し、ベッドに倒れこむ。

 実は、こうした症状に襲われたのは初めてではなかった。この半年ほど、休憩なく4~5時間もパソコンで目を酷使した直後、今回よりは弱いものの、目の奥の重たい痛みと頭痛を感じることが何度かあった。病院に行った方がいいかもしれないと思ってはいたが、数分我慢するうちに治まってしまっていたので、そのまま放置していた。

しかし、今回の痛みはぜんぜん治まらなかった。それどころか吐き気まで加わり、パニックを起こしそうになった。普段なら救急車を呼んだと思う。だが、コロナ禍で搬送を断られるケースが増えているというニュースを思い出し、やめた。

 痛み止めの薬を飲んで我慢しながら地獄の一夜を過ごし、朝一で近所の眼科を受診した。頭痛なら脳神経外科へ行くべきかとも考えたが、この半年、痛みが出るのは目を酷使した後と決まっていたし、妻にネットで検索してもらうと、自分の症状は『急性緑内障発作』らしいことが分かったため、眼科を選んだ。

 受付で症状を伝え、昨夜から痛みがあると話すと、すぐに診てもらうことができた。眼圧、細隙灯顕微鏡検査(さいげきとうけんびきょうけんさ)、眼底検査などを行った後、告げられた診断名は思った通り『急性緑内障発作』だった。

「左目の急性緑内障発作ですね。急激な眼圧上昇に伴って、目の痛み、頭痛、吐き気、目のかすみや充血などの症状があらわれる病気です。目の病気なのに頭痛が起きるのは、視神経が脳につながっているからです。治療が遅れると数日で失明に至ることもある怖い病気です。

 眼圧は通常10~21mmHg(ミリメートル水銀柱)に保たれているのですが、あなたの左目は48でした。右目は14ですけどね。危なかったですよ。早急に治療を開始しないと2~3時間で視力を失う可能性もある病気なので、我慢しないで救急車を呼ぶべきでしたね。ただ、内科や脳外科ではなく、眼科を受診されたのは賢明でした」

 医師の言葉に震え上がったが、幸い失明は回避できた。眼圧を下げる点滴治療を受けた後、大きな眼科専門病院を紹介され、治療を受けることになった。
知っておきたい
急性緑内障発作のチェック法
「緑内障」は、眼圧(目の硬さ・目の中の圧力)が上がることで、視神経に異常をきたし、視力低下や視野狭窄、最悪の場合は失明につながる病気だ。年齢が進むほど罹患率が上がり、日本緑内障学会の疫学調査によれば、40歳以上の日本人は「20人に1人」の割合で緑内障に罹患しているという。中でもセイジさんが発症した「急性緑内障発作」は発症からの進行が速く怖い疾患なのに知名度が低い。

 患者はいかにして身を守ったらいいのか。日本有数の眼科専門病院『井上眼科病院』(東京都)の院長で緑内障に詳しい井上賢治医師に話を聞いた。

「深刻な事態を回避するには、早く発見することが非常に重要です。ところが頭痛や悪心・嘔吐が強い症例では、眼科以外の診療科を受診することも少なくありません。

 救急搬送された場合には、患者さんに頭が痛いと言われたら、やはり頭痛をメインに検査を進めることになります。頭痛にはくも膜下出血や脳出血など、命に係わる緊急性の高い病気がありますからね」(井上医師、以下同)

 昼間ならまだしも、夜間の救急病院には眼科医が不在の場合が少なくない。オンコールで呼び出すにしても、それ以前に、痛みが目に由来する可能性があることを疑わなくてはならない。

「まずは脳の重大な疾患を疑い、いろいろと検査したけど異常は見つからない。そこで目の病気かもしれないと検査をしたら急性緑内障発作で、適切な処置をするのが遅れてしまったという話は、実際に聞いています。

 目の痛みと頭の痛みは患者さん自身には区別がつきにくいので、眼科以外の医師にも、急性緑内障発作のことを知っておいてほしいです。頭痛を訴えている患者さんであっても、頭痛の検査だけではなく、目の状態について問診したり、片目ずつ見え方をチェックしたりしてもらえれば、異常に気付けるのではないかと思います」

 救急車を呼ぶ前に、患者自身でできるチェック法はないのだろうか。

「瞼を閉じ、眼球を軽く押さえてみるといいでしょう。眼圧というのは、目の中を循環している水の圧力なのですが、急性緑内障発作が起きている時にはかなり眼圧が上がっているので、硬さの違いがすぐにわかります。特に、セイジさんのように右目が正常で左目の眼圧が極端に高い場合には、違いがはっきり感じられるはずです。

 見え方も、片目ずつ確認することで、異常を見つけることができます。人は両目で見ていると、片方の視野が欠けたり、かすんだりしていても、もう片方の目でカバーしてしまいなかなか気が付けないのですが、片目ずつ見ると違いがわかります。片目ずつ見る検査は、急性緑内障発作に限らず、他の目の疾患を発見するのにも役立ちます」

 心の準備をするためにも、“特に発症しやすい人”のタイプが知りたい。

「もともと目がいい遠視気味の方は、50歳以降要注意です。男女とも発症しますが、女性は男性の約3倍、患者さんがいます。つまり女性の方がなりやすい。

 緑内障には、解剖学的に2つのタイプがあります。1つは房水(眼球の中を満たす液体)の排水溝がある部分(隅角:ぐうかく)がふさがれている閉塞型。もう1つは、排水溝がある部分(隅角)は開いているものの、その奥の下水管の前にあるフィルター(線維柱帯:せんいちゅうたい)が目詰まりして、流れが悪くなっている開放型。急性緑内障発作は閉塞型で起こります。

 そもそも隅角は、黒目と角膜の間にあり、構造上広い人と狭い人がいます。近視の人の眼球は大きく、隅角も広い。一方、遠視気味の人の眼球は小さく、隅角も狭い。若いうちは影響ありませんが、50歳以降になって白内障が進んでくると水晶体(目の中のレンズのようなもの)が濁ると同時に、前に移動してくるんですね。そして、虹彩(こうさい:網膜に達する光を加減する部位)を後ろから押すようになります。狭い隅角が後ろから押されてもっと狭くなり、隅角が虹彩によって急激にふさがれ房水がたまると、突然眼圧が高くなり、急性緑内障発作が起きる。

 だから、隅角が狭い遠視気味の目の方は、急性緑内障発作になりやすいんです」

 このほか、瞳孔(どうこう:目の中に入る光を調整する部位)が開く「散瞳(さんどう)」という作用も、発作を起こしやすくするため、暗い場所での細かい作業や映画館での映画鑑賞、抗コリン作用がある薬の服用も、リスクを高めるという。
レーザー治療の後
「緑内障連絡カード」を渡された
 さて、その後、セイジさんは眼科専門病院を受診し、左目の「レーザー虹彩切開術(LI)」を受けた。これは房水の排出口である隅角をふさいでいる虹彩に、レーザーを照射することによって穴をあける治療だ。

「治療の基本は、速やかに眼圧を下げ、発作を解除することです。眼圧を下げる作用がある薬を点滴し、虹彩にレーザー光線で穴をあけて房水が流れるバイパスをつくる、水晶体を人工レンズに入れ替えて隅角を押す力をなくすなどの方法があります。

 ただし、こうした治療を受けて危機を脱したとしても、眼圧によって傷つけられた視神経線維はいつ機能が低下するかわかりませんので、生涯にわたり、定期的に検診を受け続ける必要があります」

 施術後、眼圧は左右とも14mmHgと安定し、セイジさんは日常生活に復帰することができたのだが、その医師からは1枚のカードを渡された。その名も「緑内障連絡カード」。

 内科等を受診する場合にはこのカードを持参し、医師や薬局で見せるよう指示された。

「抗コリン剤といって、服用すると急性緑内障発作が起きやすくなる薬があるのですが、禁忌のところに緑内障と書いてあるため、医療機関を受診すると一律に抗コリン剤が入った薬は処方してもらえなくなります。

 しかし、緑内障には開放型と閉塞型があり、急性緑内障発作は閉塞型で、開放型の患者さんなら、抗コリン剤を服用してもぜんぜん問題がないんですよ。また閉塞型でも、「レーザー治療」や「白内障手術」を受ければ、抗コリン剤が使えるようになります。それなのに、一律に処方されなくなったら不便ですよね。でも、患者さん自身が説明するのは難しいし、受診先の医師はいちいち、患者さんが通っている眼科に問い合わせるのも大変です。薬局で薬を処方してもらう際も、注意が必要です。

 そこで、患者さんがどちらのタイプの緑内障で、どういった薬剤が飲めるのか、飲めないのかを分かりやすくするために、2020年の10月に日本眼科医会が作成し、同年の12月ぐらいから配り始めたものです」

 緑内障連絡カードを保険証とともに携帯するようになったセイジさんは、何かの拍子で目にするたび、(目を大切にしよう)と思うようになったという。

※本稿は実際の事例・症例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため患者や家族などの個人名は伏せており、人物像や状況の変更などを施しています。

(医療ジャーナリスト 木原洋美、監修/井上眼科病院院長 井上賢治)